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根回しは悪ではない

こんにちは、杉崎(@sugizaki_web)です。

「根回し」と聞いて、あなたはどんなイメージを持ちますか?(急にすみません)

恐らく、なにかしら悪巧みの光景を思い浮かべる人が多いんじゃないでしょうか。

密室での決定・不透明なプロセスなど、根回しという言葉には、民主主義やフェアネスに反する負のイメージがべったりと染み付いていますよね。

ですが、『その認識は根本的に間違っている』という話を今日はしていきたいと思います。

記事を読んでるあなた自身も、それと気づかずに毎日のように根回しをやってるはずですからね。

ちなみに、根回しという言葉は江戸時代の造園技術から生まれたそうです。

大きな樹木を移植するとき、いきなり掘り起こすと木は枯れてしまうので、移植の半年から1年以上前に、その周囲を掘り下げて太い根を切っておくんだとか。すると、木は危機を感じて細かい根を張り巡らせ、新しい土地でも生き延びられる準備を整えるようです。

つまり「根回し」という作業がなければ、どんなに立派な木でも移植は失敗するということです。

逆に、丁寧に根回しをしておけば、木は新天地でもすくすくと育つ。

根回しというのは「準備なしに物事を動かそうとしても失敗する」という知恵が凝縮された言葉で、何百年も前から日本人は根回しの重要性を知っていたわけです。

なぜ政治の根回しは叩かれがちなのか

ちょっとビジネスの現場を思い浮かべてみてください。

新しいプロジェクトを立ち上げたいとき、いきなり役員会議で提案しないですよね。

まず、直属の上司に相談したり、影響を受ける関連部署のマネージャーをランチに誘って、さりげなく話を通すはず。

このように全ての調整が済んだ頃に、ようやく正式な会議にかけるのがセオリー。これは根回し以外の何ものでもありません。

ビジネスの世界では当たり前に根回しをやってますよね。そして誰も悪巧みだとは思わない。むしろ、「あの人、調整力あるよね」と、マネジメントスキルが優れてると評価される。

なのに不思議なことに、全く同じ行為が政治の文脈で語られた瞬間、批判の的にされがちです。

政治家がやると悪、ビジネスマンがやると優秀。

このダブルスタンダードは、芸能人の不倫報道に一般人がギャーギャー騒ぐくらいに謎ですよね。

組織は、利害関係者の集まりじゃないですか。営業は売上を伸ばしたいし、開発は品質を高めたいし、経理はコストを削りたいし、人事は社員の満足度を上げたい。皆それぞれ違う優先順位を持ってるわけですから。

この状態で、何の準備もなく会議の場で初めて提案を出したら、紛糾するに決まってます。

「うちの部署にどんな負担がかかるの?」「予算削られない?」「人員取られない?」と先立って、提案の本質的な価値なんて全然吟味されません。

人は、予期せぬ変化に対して本能的に抵抗するものなので、会議で初めて聞いた提案に、その場で賛成する人間なんているはずもなくて。

だからこそ、根回しが必要になるんです。

  • 事前に個別に説明しておけば、相手は突然の変化じゃなくて、予測可能な展開として受け止められる
  • 懸念点を事前に聞き出しておけば、それを反映した修正案を準備できる
  • 事前に意見を求めることで、相手は「自分も関わったプロジェクト」だと当事者意識を持つようになる。

根回しをすることで、得られるメリットは大きいですよね。

この構造、地方議会ではもっと顕著になります。

議会は、異なる政党、異なるイデオロギー、異なる支持基盤を持つ議員たちが集まる場所。

与党と野党、保守と革新、都市部選出と農村部選出。利害も価値観も真っ向から対立する人たちが、同じテーブルで意思決定しなきゃいけない(長野原町議会はそこまでの『異』はありませんが)。

この状況で、いきなり本会議で政策提案をしたらどうなるか。もはや言及するまでもありませんね。建設的な議論なんてできっこありません。

ビジネス同様、議会における根回しも重要なんです。

反対派の懸念を丁寧に聞いて、修正案を練って、妥協点を探って、全員が納得できる着地点を見つけなければなりませんから。

議会が始まる前に、議論や熟慮を重ねないと市政(町政)は停滞しますからね。

完全な透明性は熟議を殺す

ただ「それは不透明なんじゃないの?」という反論があると思います。

「民主主義やビジネスガバナンスにおいて、全てのプロセスは公開されるべきだ」と。

この主張、一見正しく見えますが、完全な透明性という理想は、現実の人間関係では機能しないんですよね。

アーヴィング・ジャニスという心理学者が「集団思考」という概念を提唱してるんですけど、これは集団が外部からの批判を恐れすぎて、内部での批判的思考を封殺しちゃう現象のことを指してまして。

公開の場──特にメディアや傍聴者が注目してる会議──では、参加者は「外部からどう見られるか」をかなり意識してしまいます。その結果として、本音の議論は交わされず、無難な意見や党派的なパフォーマンスばかりに成り下がってしまうんです。

民主主義には熟議が大事ですが、機能するには、参加者が冷静かつ建設的に、お互いの意見を尊重しながら対話する必要があります。

で、そういう対話が可能になるのは、実は非公開の場なんですよ。

全ての会議を録音して公開すれば、透明性は高まるかもしれませんが、同時に、参加者は「記録に残ること」を恐れて、リスクのある提案や本音を控えるようになります。

完全な透明性って、実は「誰も本音を言わない会議」を量産するだけなんです。まるで、全方位ガラス張りのトイレみたいなもの。誰も使いたくないですよね。

そこで、透明性と効率性、公開と非公開のバランスをどう設計するかが大事になってきます。

☑︎重要な意思決定で事前調整が行われることは明示する
☑︎誰と誰が協議してるかも可視化する
☑︎ただし、協議の具体的な内容(誰がどんな懸念を持ってて、どんな妥協がなされたか)は、参加者に任せる

といったところですね。

最終的な意思決定とその理由は公開して、説明責任を果たす。でも、そこに至るまでのプロセスでは、率直な対話を保証する。

この設計が、根回しを健全に機能させる鍵なんだと思います。

根回しのダークサイドを飼い慣らす

もちろん、根回しには常に既得権益の温存、情報の独占、排他的な意思決定などが常についてまわります。

そして、根回しのやり方が不味かったり、腐敗したときに一気にこのダークサイドが表に出てくる。

そうならないように、様々なステークホルダーが根回しのプロセスに参加できる仕組みが必須ですし、最終的な意思決定とその理由は公開されるべきです。

なぜこの結論になったのか、どんな選択肢が検討されたのか、は必ずオープンにしなければならないということですね。

また、一定期間内に合意形成が完了しない場合は、公開の場での議論に移行するというルールを作ったりするのも良いですよね。

ビジネスでも議会でも、優れた組織はこういうガバナンスを設計してます。

根回しを全否定するんじゃなくて、健全に機能させる仕組みを作る。これが、成熟した組織の条件と言えます

異なる意見を持つ人たちが、無駄な衝突を避けながら共通の目標に向かって歩み寄るための根回しは、成熟した民主主義とビジネスの実践知なんです。

「すべての議論は公開の場で」「透明性こそが正義」という主張は、確かに美しく聞こえます。が、それは人間心理の本質を無視した机上の空論に過ぎなくて。

組織や大局を動かすには、この特性を理解して、それに合わせた手法を取る必要がある。

根回しを悪と断罪するのは簡単です。でも、それは現実から目を背けることと同じ。

地道な、事前の対話にこそ価値があると認識することが大切ですね。

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