こんにちは、杉崎(@sugizaki_web)です。
「駅に立って深々と頭を下げる」
「雨が降ろうが雪が降ろうが辻立ちをする」
選挙の季節が近づくと、よく見かける光景ですよね。天気が悪かろうが、必死に声を張り上げるその姿。
確かに、人の心を揺さぶるものがあります。「あいつは泥臭く頑張っている」「あの根性は信用できる」と、その熱量にほだされて一票を投じたくなる気持ちも、分からなくはありません。
しかし、あえて現職の議員として、そして一人のビジネスパーソンとして、厳しいことを言わせてください。
政治家の仕事は、どれだけ汗をかいたか、どれだけ靴底を減らしたかという努力の量を競うコンテストではありません。
私たちが競うべきは、住民の生活をどれだけ良くしたかという点です。
もし、あなたが株主を務める会社の社長が、何年も赤字を垂れ流し続けているとしましょう。その社長が株主総会でこう言い訳をしたら、あなたはどう思いますか?
「私は誰よりも早く出社して、社員の誰よりも深く頭を下げています。雨の日も休まず営業に回っています。だから、赤字でも私を評価してください」
おそらく、「そんなことはどうでもいいから黒字にしてくれ」「結果が出せないなら退場してくれ」と一蹴するはずです。
努力は尊いものですが、それはあくまで前提であり、評価の対象ではないからです。
しかし不思議なことに、私たちの生活そのもの(=地域の経営)を委ねる政治の世界においては、この当たり前のビジネスロジックが通用せず、「頑張っているから」という理由だけで評価が決まってしまう現状があります。
これは、政治家にとっても、そして何より有権者である住民の皆さんにとっても、極めて不幸なことです。
今日は、あえて嫌われることを覚悟で、これからの時代に必要な政治家の本当の資質について、私の考えをお話ししたいと思います。
汗の量はどうでもいい
誤解を恐れずに言えば、身体的な苦労を売りにする政治家は、ある種「楽」をしているとも言えます。なぜなら、例えば「雨の日も雪の日も辻立ちする」という行為は、誰の目にもわかりやすく、思考停止していてもできるアピールだからです。
しかし、本来の政治家の戦場は、駅前でも路上でもありません。議場であり、委員会室であり、行政との交渉のテーブルです。
そこで必要なのは、複雑に絡み合った行政課題を紐解く論理的思考力と、ボトルネックを見つけ出し最短ルートで解決策を提示する構想力、そして異なる意見を持つ人々を動かす交渉術です。
いくら愚直に駅に立ち続けても、議会での質問のピントがズレていたり、町の課題解決に繋がる具体的な提案がゼロなら、その政治家はプロとして機能していません。
住民の皆さんが求めているのは、政治家の苦労話や武勇伝ではありません。「私の税金がどう有効に使われるのか」「私の生活がどう良くなるか」というリターン(実利)のはずです。
政治家に求められているのは、圧倒的な知識とロジックで現状を打破するための総合的な人間力なのです。
経験という名の思考停止
「政治家は長くやっている方が偉い」「新人に何がわかる、何もできやしない」「勉強不足なんだから一期目は大人しくしておけ」
こうした年功序列的な風潮も、依然として根強く残っています。しかし、これも今の時代においては大きな間違いなんですよね。
もちろん、ベテラン議員の方々が培ってこられた人脈や知見には、敬意を払うべき点は多々あります。
しかし、これだけテクノロジーが進化し、社会構造が激変している現代において過去の成功体験は時として足かせになることもまた事実。
重要なのは、経験年数の長さではなく、今の時代の空気を肌感覚で理解できているか、というセンスの有無ですから。
SNSでの発信や、AIなどの最新テクノロジーの活用、現役世代が抱える共働きや育児の苦悩。これらを知識として知っているのと、肌感覚として理解しているのとでは、出てくる政策に天と地ほどの差が生まれます。
センスのズレた政治家が舵を取ることは、最新のGPSもレーダーも読めない船長が、「昔はこの海域はこうだった」という勘だけで巨大な船を走らせるようなもの。乗客である住民にとっては、恐怖でしかありません。
私はWebマーケターとしてのバックボーンを持っていますが、ビジネスの世界では「昨日までの正解が、今日は不正解になる」ことが日常茶飯事です。だからこそ、常にアップデートし続ける姿勢が不可欠なんですよね。
政治も同じです。
何期務めたかという略歴に安住するのではなく、常に時代の最先端の課題に対して、最適な解法を提示できるかどうかが問われるべきだと思います。
御用聞きはリーダーではない
そしてもう一つ、政治家に対する大きな誤解があります。それは「良い政治家=みんなの要望を聞いてくれる人」という思い込みです。
冷静に考えてみてください。全員の要望を100%叶えることなど、財源やリソースが限られている以上、物理的に不可能です。
A地区の道路を直せば、B地区の公園整備は後回しになるかもしれない。現役世代への投資を増やせば、高齢者サービスの負担増をお願いしなければならないかもしれない。
政治の本質とは、限られたパイをどう配分するかという決断にあると私は考えていて。
全員にいい顔をして、全ての要望を「検討します」と持ち帰るだけの政治家は、ただの御用聞きです。それはAmazonのカスタマーサービスに任せておけばいい。
真のリーダーシップとは、反対派を説得し、強力に引っ張っていく力のことです。「批判されるかもしれないが、10年後の町には絶対にこれが必要だ」と信じて、周りを巻き込む力のことです。
「今の財政状況では、そのサービスは維持できません」「将来の子供たちのために今は我慢してください」
そう言える勇気。いわば「嫌われる勇気」を持った政治家こそが必要なのではないでしょうか。
目先の人気取りではなく、まだ選挙権を持たない子供たちの未来まで想像して、責任ある決断を下す。それが、私が思う政治家の姿です。
情緒的な投票を終わらせませんか
最後に図々しくも有権者の皆さんにもお願いがあります。
もし、皆さんが「雨の日も頑張っているから」「冠婚葬祭に顔を出してくれたから」「いつも会合に欠かさず顔を出してくれるから」という理由だけで、該当する政治家に投票し続けるなら、少し考えて頂きたいんです。
- その政治家は、本当に仕事ができるのか(スキル)
- その政治家の感覚は、時代とズレていないか(センス)
- その政治家には、批判を恐れずに私たちを導く覚悟があるか(リーダーシップ)。
で判断すべきだと思うのです。
私たちは同情で一票を投じるのではなく、「自分たちの生活を良くするための投資」として、期待と実利でシビアに選ぶべきなのではないでしょうか。
「頑張っているから投票する」という情緒的な評価はやめにしないと、町は良い方向に進んでいきません。
私たちはもう、「親しみやすさ」と「有能さ」を混同するのをやめなければなりません。
政治家に求めるべきは、飲み会での楽しい会話でも、冠婚葬祭での義理堅さでもない。「私たちの暮らしを守り、豊かにするためのシステムを構築する能力があるかどうか」です。
時代は待ってくれません。精神論だけの政治はそろそろ卒業しなければならない。
「頑張っているかどうか」ではなく「結果を出しているかどうか」で、私たち政治家を厳しく監視し、使い倒して欲しいと思います。
汗の量より、知恵の質を図ってほしいですし、愛想の良さより、解決策の鋭さを見て欲しいな、と勝手ながらお願いをさせてください。




