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子供1人の転出は数千万円の損失?子育て支援を福祉と呼ぶ危うさ

こんにちは、杉崎(@sugizaki_web)です。

「子育て世代の声が届かない」
「若い人たちの意見が反映されない」

長野原町に限らず、日本の地方自治体の至る所で、この嘆きはもはや日常のBGMのように流れています。

現在、多くの自治体では子育て支援を福祉として捉えています。

しかし、その認識こそが良くないんじゃないかなと思うんですよね。

例えば人口5,000人の長野原町において、子育て世代が1世帯、町を去るということ。それは、転入先の自治体に数千万円以上を無償でプレゼントしているのと同義です。

今回は、行政予算を福祉ではなく投資という数字の視点から紐解いていこうと思います。

「1人の転出」を数字で解剖する

行政に対して、子育て支援の拡充を求めた際に決まって「予算がない」と口にされることがあります。

それは勿論よく分かるのですが、子育て支援を渋ることによって発生する逸失利益を、もっと考えて頂きたいなと思うんです。

長野原町のデータに基づき、子供1人がこの町で育ち、成人して一生を終えるまでに町にもたらす経済価値をシミュレーションしてみると以下のような数字が出てくるんですね。

地方交付税の維持:約360万円

日本の地方自治制度では、人口1人につき国から交付されるお金(普通交付税)があります。

長野原町の場合、1人あたり年間約18万〜20万円。子供が18歳までこの町にいてくれるだけで、町には約360万円の現金が確実に入ってくる計算です。

将来の住民税(就労40年):約550万円

長野原町の現役世代の平均的な年収を、仮に年間350万円と仮定すると、所得控除後の課税所得は約140万円(基礎控除、社会保険料控除などを差し引いた額)ほどでしょうか。

ここから下記の計算式で住民税を割り出してみます。

・所得割(10%): 140万円 × 10% = 14万円
・均等割(定額): 市町村民税・県民税合わせて 約5,000円
年間合計:約14.5万円

これに就労年数をかけると、14.5万円 × 40年(22歳〜62歳) = 580万円

ここから、景気変動や個人の所得の増減を考慮し、550万円としましょう。

町で育った子供が成人し、長野原町で働き、平均的な納税者になれば、生涯でこれだけの直接税収を生み出すということです。

道路を直したり、街灯を灯したり、高齢者の福祉を支えるための貴重な原資ですね。

地域内での消費効果:数千万円

成人し、結婚し、家族単位で町で過ごすことになれば、町内のスーパーで食料品や日用品を買い、ガソリンスタンドで給油し、地元の飲食店で外食をする。

1世帯が年間で町内の店舗やサービスに支出するこれらの金額を、年間150万円と仮定するだけでも、20年間で3,000万円が直接的に町内の事業者の売上となります。

さらに、その売上が地元の雇用を支え、事業者の所得となり、それがまた別の消費を生むという経済の乗数効果を考慮すれば、町全体に残る付加価値は計り知れません。

逆に言えば、子育て世代が1世帯流出することは、単に役所の税収が減るだけでなく、町内の個人商店や事業所からの確実な売上を奪うことを意味します。


この損失は、人口規模の小さい町ほど致命的なダメージとなり、商店の廃業やサービスの質の低下、さらには残された住民の利便性悪化という負の連鎖を引き起こすことに繋がらないでしょうか。

子育て支援を蔑ろにすることは、町の経済を支える民間事業者の首を絞めているのと同義です。

年間150万円という控えめな税収シミュレーションを遥かに超えて、一世帯の定住がもたらす金銭的な地域内循環を守ること.

これこそが、地方自治体における真の経済防衛策であり、決定権を持つ者が最優先で取り組むべき経営課題だと、私は考えます。

スクールバスはコストか投資か? 回収率500%の経営戦略

私が現在取り組んでいる「習い事の送迎バス」の課題も例にとってみましょう。

仮に、このバスの運用に年間1,500万円の予算が必要だとします。従来の行政の感覚では、1,500万円もの支出は厳しい、と後ろ向きな議論になりがちです。

しかし、これを投資の視点で見直すとどうでしょうか。

このバスがあることで、不便さを解消し、2世帯(子供4人相当と仮定)の転出を食い止めることができたとします。

前述の計算に基づき、少なく見積もっても、町に将来的にかなりの金額(一人当たり2,000万円として× 4人)の価値が留まることになります。

投資:1,500万円(単年度コスト)
リターン:8,000万円(税収・交付税の維持)

利回りにして500%近い、極めて優秀な設備投資になり得ます。

この数字を無視して「予算がない」と切り捨てるのは、勿体無いですよね。

福祉という言葉を使うと、それは「余裕がある時に施す施し」のように聞こえますが、子育て支援は違います。

子育て支援は、町の未来の財布をパンパンにするための、最も合理的で、最も確実な経営戦略なのです。

「今」の福祉を守るための「未来」への投資

今の政治システムは、現役世代の痛みとビジネスの視点が欠落しています。

高齢者向けの施策は、実行すればすぐに目に見える結果(感謝の声と票)に直結します。

が一方で、子育て投資の効果が税収として現れるのは10年、20年先の話。

この時間軸の乖離こそが、地方自治体が抱える構造的なジレンマの正体なんですよね。

行政がこれまで町を築いてこられた方々の生活を支え、日々の安心を保障することは、公の役割として最も基本的かつ重要な責務で、それは間違いありません。

現在、長野原町で展開されている高齢者福祉やインフラ整備は、いわば「今、この瞬間の町の命」を守る活動であり、その重要性は誰しもが認めるところです。

しかし、私たちが直視しなければならないのは、この大切な福祉やサービスを「20年後、30年後も維持し続けるための原資」を誰が作るのかという、未来です。

子育て支援を単なる「配りもの」や「福祉」として捉えるのではなく、町の未来の税収を確保するための先行投資と定義し直す視点が必要だと考えます。

子供たちがこの町で健やかに育ち、将来的に納税者として、あるいは地域を支える担い手として還ってくる。

そのサイクルを回すための投資は、今すぐには数字に現れませんけれど、この投資を止めてしまえば、将来的に高齢者の皆様の医療や介護を支えるための財源そのものが枯渇してしまうという、皮肉な現実が待っています。

現役世代への投資を強化することは、決して特定の世代を優遇することではありません。

それは、今の高齢者の皆様が享受している安心を、次世代の手によって持続可能なものにするための「全世代共通の防衛策」と言える。

私たちは「今」と「未来」を切り離して考えるのではなく、一つの大きな循環として捉え直さなければなりません。

ビジネスの視点を持って予算を再編することは、限られた財源を奪い合うことではなく、将来のパイを確実に残すための知恵です。

この、投資のバトンを正しくつなぐ判断ができるかどうかが、人口5,000人のこの町の命運を握っているのではないかと、思うんですよね。

「子供たちのために」を経営戦略へ

政治とは、誰の財布からお金を出し、どこに投資するかを決める「経営」そのものです。

「未来へ戦略的に投資する町」へ変える必要が迫って来ていると感じます。

「子供たちのために」という言葉を、単なる耳当たりの良いスローガンではなく、1円単位の利益を生み出し、町のインフラを支える経営戦略として語り、実行していく必要がある。

人口減少は止まりませんが、その中で「選ばれる町」になることは可能です。

自分たちの町の財布を握るのは、私たち現役世代です。

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