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子育て世代の議員が2年かけて送迎バスを実現するまで

こんにちは、杉崎(@sugizaki_web)です。

長野原町議会という、定数わずか10人の小さな組織。その中で、子育て世代の現役議員は私一人しかいません。

一般的に組織の文化を変え、意思決定に実質的な影響力を持つためには、全体の約30%から35%の仲間が必要だと言われます。いわゆる、クリティカル・マスと呼ばれる概念です。

定数10人の議会なら3人の同世代議員が揃って初めて、その意見は個人の感想ではなく「世代の総意(無視できない勢力)」へとステップアップを果たすわけです。

が、先日、私一人の提案から令和8年度からの「習い事送迎バス」の運用検討開始、令和9年度からの実証実験開始予定という、行政側からの確かな回答を得ることができました。

仲間が足りないはずの状況で、なぜ政策が動いたのか。自分の行動を振り返るとそこには納得の理由があったので、今回はその説明をしていきます。

一貫性というポジショニング

「杉崎議員の質問は、いつも一貫している。子育て、教育、移住のことに特化していて、一度質問した内容について『その後どうなったか』という確認も怠らない」

以前一般質問の場で、町長からこのような趣旨内容を指摘されたことがあります。

伝わって良かったなと思いましたが、私がこの3点に発言を絞り、かつ「しつこい」ほどに進捗を追い続けるのは、議会内でのポジショニングを明確にするためです。

発言がブレない、そして一度口にしたことは絶対に形にするまで忘れない。

その姿勢を見せ続けることで、周囲には「この分野について、杉崎は真剣に考えている。本気で実現しようとしている」という認識が刷り込まれます。

「何を言うか」以上に「誰が、どれほどの覚悟で言っているか」が問われる議場において、この一貫性は、単なる知識量を超えた信頼という名の武器になる。

町長の言葉は、私のメッセージがある種の覚悟として届いている証左だと言えます。

常に様々な分野の質問をしている議員も勿論素晴らしいと思います。都度町民の声を拾って寄り添ってるわけですからね。

ただ、私はあえて領域を絞ります。

それは、限られたリソースの中で「確実に山を動かす」ための戦略的選択です。

どの分野であっても質問できるということは、裏を返せば「これだけは絶対に譲れない」という優先順位が、周囲から見てぼやけてしまうリスクも孕んでいます。

定数10人という議会だからこそ、一人の議員が全方位に手を広げてしまうと、課題に対する突破力が分散され、行政側に「検討します」という言葉でかわされる隙を与えてしまうかもしれない。

私が子育て・教育・移住という三点に固執するのは、これらがバラバラの課題ではなく、町の存続という一本の根っこで繋がっているからです。

この領域において「杉崎は絶対に引き下がらない」という空気感を作ることで、行政側も「杉崎に答弁するなら、中途半端な回答は通用しない。具体的な進捗を持って臨まなければならない」という心地よい緊張感を持つようになるのでは?と考えました。

この「領域を絞る」戦略は、一人でも大きな成果を生む鍵となっています。

現に、習い事送迎バスの実証実験までの道に光が当たったのは、蛇のように執拗に問い続けた結果に他なりません(二年間言い続けてましたから)。

一人が一貫して旗を振り続ける。

その旗印が揺るぎないものであればあるほど、最初は一人だった声が、やがて行政を動かし、そして同じ悩みを持つ町民を惹きつける大きなうねりへと変わっていくと、確信しました。

個人の困りごとを、町の経営課題に

私が一人の当事者として議場に立つとき、最大の武器にしているのは、机上の空論ではない徹底した現場のヒアリングです。

移住者がなぜこの町を去るのか、子育て世帯が何を理由に定住を諦めるのか。

その答えは、分厚い統計資料の中ではなく、町民一人ひとりと交わす日常の会話の中にこそ隠されています。

例えば、公園や学校の送り迎えの際に交わされる、何気ない「困ってるんだよね」という言葉を聞き流したりはしません。

10人、20人と対話を重ねる中で、全く別の場所で同じような悩みが重なれば、それはもはや個人の不満の域を超え、町が抱える構造的な欠陥としての姿を現すのでは?と考えています。

そのようにして、バラバラに散らばっていた切実な声を丁寧に束ね、そこに他市町村の先進事例や客観的なデータを掛け合わせる。

そうやって、「この課題を放置すれば、現役世代の流出に歯止めがかからなくなり、結果として町の未来そのものが失われる可能性が極めて高い」という、行政側が向き合わざるを得ない経営課題へと翻訳して突きつけるわけです。

地方政治の現場では、単に感情的に「困っている人がいます、助けてください」と訴えるだけでは、予算や前例の壁に阻まれて、事態が動くことは稀。

そこで議員の出番です。議員は、代弁者に留まってはいけません。

「複数人の同じ声」を根拠に、それを町の存続に関わる致命的なダメージとして再定義する(この一連のプロセスは、私のWebコンサルタントとしての知見と経験が活きます)。

論理的に整理された民意の塊を提示すれば、行政側に反対する理由はほぼゼロになる。

一人の議員であっても、現場の声を深く拾い、ロジカルに訴え続けること。

これこそが影響力の正体であると確信しています。

小さな町から日本を変えるプロトタイプ戦略

ここまでの流れから、「人口5000人の小さな町だからできることだ、うちの自治体は数十万人いるから、同じようにはいかない」という声もあるかもしれません。

が、実態はその逆です。

総務省の地方財政白書などのデータが示す通り、人口が少ない自治体ほど住民一人あたりにかかる行政コストは跳ね上がる傾向にあります。

人口100万人を超える大都市では一人あたりの決算額が40万円から50万円程度に収まるのに対し、人口5000人未満の町村では、その額が100万円から200万円を超えることも珍しくない。

つまり、小規模自治体は都市部に比べて、数倍も割高な環境で行政を運営しているのが現実なのです。

なぜ小さな町ほど条件が過酷になるのか。

その大きな要因は、インフラの維持に必要な固定費にあります。

道路や橋、水道といった施設は、利用者が1万人であろうと100人であろうと、維持管理に要する最低限のコストはさほど変わりません。

都市部ではその費用を膨大な納税者で分担できますが、小規模自治体では少人数で背負わなければならず、住民一人あたりの負担は必然的に高くなります。

今回取り組んでいる送迎バスについても同じことが言えて。

人口密度の高い都市部であれば、一台のバスを走らせるだけで数十人の乗客を効率よく運べますが、住居が点在する小規模自治体では、一台走らせても数人しか運べません。

このサービス提供効率の低さこそが、地方の行政サービスを維持する条件を極めて過酷なものにしている元凶です。

さらに、戸籍や税務といった行政機能を維持するためのバックオフィスのコストも、人口規模に関わらず一定数必要となるため、小さな町ほどその負担感は重くのしかかってくる。

だからこそ、この条件が厳しい現場で成功モデルを構築することに意味があるわけです。

『リソースが限られ、一人あたりのコストが割高な5000人の町で、持続可能なシステムを実装できた』

この事実があれば、リソースが豊富で効率性も高い都市部において、より容易に、より大きなインパクトを持って展開できることを証明できるはず。

長野原町で磨き上げた戦略や、複数人の声を束ねて課題化する手法は、自治体の規模に関わらず通用する普遍的なロジックだと考えています。

小さな田舎町から、日本全体の地方政治をアップデートするためのプロトタイプを創り出していくことができれば、日本の未来は明るいですよね。

一人の突破力を、地域のシステムへ

個人の一貫性で道を切り拓き、可視化された民意でその道を舗装していく。

私の挑戦は長野原町というフィールドを最大限に活かした、新しい地方政治のまさに実証実験そのものです。

政治にマーケティングの視点を取り入れることは、おかしなことでも何でもないです。

これまで行政に届かなかった切実な声を、行政が動かざるを得ない形へと整えて届ける。それこそが、今の時代に求められる政治手法ではないでしょうか。

一人の力で変えられることには限界があるかもしれません。

しかし、一人が一貫して、そして「しつこく」旗を振り続けることで、その旗印のもとに同じ志を持つ人々が集まり、やがて町全体をアップデートしていくと思います。

令和8年度、9年度の送迎バス実現に向けて、私はこれからも一人の住民として、そして複数人の声を束ねて行政に届ける身近な政治家として、議場で声を上げ続けます。

この挑戦の先に、子育て世代が「この町を選んでよかった」と心から思ってくれる未来があるはずだと、期待を込めて。

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