こんにちは、杉崎(@sugizaki_web)です。
私が住んでいる長野原町なんですが、現職の萩原睦男町長が今期限りでの勇退を表明され、来月の町長選挙に向けて、町の空気がどことなく慌ただしくなっています。
複数の新しい顔ぶれが次代の町長候補として取り沙汰される中、この12年ぶりの交代劇を前に、私自身も一人の現職町議会議員として、そしてこの町に根を下ろし、三人の子供を育てる父親として、改めて自らの歩みと地方の生存戦略についてブログに書いていきたいと思います。
私は議員としての三年間、活動の軸に据えてきたのは「子育て・教育・移住」の三点のみなんですが、これはなぜかというと人口減少という避けられない構造変化に立ち向かうための、確実な投資になると信じているからです。
都心から一時間半の優位性
長野原町の北軽井沢エリアが持つポテンシャルは、圧倒的な利便性の良さです。
東京駅から新幹線と車を乗り継ぎ、わずか一時間半で到着するアクセスのしやすさは、移住への大きなアドバンテージになると思います。
ですが、自然の豊かさやアクセスの良さは「移住のきっかけ」にはなっても、定住の決定打にはなりにくい。
まぁそりゃそうですよね。
総務省の住民基本台帳人口移動報告などを参照すると、地方への移住に関心を持つ層は年々増加していますが、移住という人生の大きな選択をするとき、人は素敵な景色以上に、「この場所で家族と暮らし続けられるか」という現実的な裏付けを求めますから。
例えば、年収800万円の現役世代が「週に一度は都内へ、残りはテレワーク」というスタイルを検討したとします。
彼らにとって1.5時間という距離は、まさに理想的な選択肢に見える。
ですが、いざ北軽井沢を訪れた際、子供の教育環境の選択肢が限られていたり、共働き世帯を支えるインフラが不足していたりすれば、その決意は揺らいでしまいます。
「北軽井沢は週末を過ごすには素晴らしいが、一生を過ごすには憚られる」と感じる人は多くいて、この事実を私は重く受け止めています。
この不安を解消することこそが、町の政治家が解決すべき最大の行政課題と考えています。
私が現在取り組んでいる「子どもたちの習い事用送迎バス」の実現も、まさにこの文脈にあります。
「親が仕事に専念でき、子供が学びやスポーツの機会を享受できる」この当たり前のインフラが整って初めて、1.5時間という距離は「ただの数字」から「移住する価値がある」と認識されるのではないでしょうか。
生活の安心を保障する、といった構えで町をデザインしなければならないということです。
外部資本を地域の活力に変える経営的視点
次に、地方行政において慎重な議論が必要な外部資本のあり方について。
人口が減少していく局面で、地元のリソースだけで新しい雇用を生み出し続けることには限界があります。
雇用を創出するためには投資が必要で、その投資の源泉を、私たちは外の世界に求めなければなりません。
ここで重要なのは、外部資本を地域を脅かす存在として捉えるのではなく、地域をアップデートするパートナーとして定義し直すことです。
外部資本とは、町にとっての触媒なわけですからね。
新しい視点、価値観、評価が、眠っていた地域の資源に新しい命を吹き込むはずです。ずっと同じ場所に住んでいると地域資源の奥深さに気づかないんですよ。
僕も移住者ですが、すでに6年が経ってますから、外部の方の知見を借りたいところです。
もちろん、外部資本には「いついなくなってしまうのか」という流動的なリスクもある。
であるならば、私たちが力を入れて行うべきは単なる誘致ではなく、外部資本が持つクリエイティブと、地域が培ってきた伝統や文脈をどう融合させるか、という話です。
そのためには、外部の人にとって「ここなら投資する価値がある」「自分のキャリアを賭ける価値がある」と思わせる魅力的な土壌を、行政と議会が責任を持って整えきゃなりません。
もし、町が「変化は負担であるから拒む」と門を閉ざすのなら、それは成長の機会を手放しているようなもの。
現状維持のまま緩やかに衰退していくより、外からの知恵をレバレッジにして新しい道を切り拓く。
そのためには、外の力を町全体の利益に変える強かさが必要だと思います。
選択の責任を負うということ
最後に最も重要な、私たち住民一人ひとりの姿勢についてです。
地方自治体という、一つの共同体の経営において、リーダーに求められるのは「耳に心地よい公約」だけでなく、「優先順位を明確にする覚悟」だと私は考えています。
予算も、時間も、マンパワーも有限ですからね。
「全ての世代に万遍なく恩恵を」という言葉は理想的ですが、リソースが限られる中でそれを追求しすぎると、結局はどの世代の課題も解決できないという結果を招きかねません。
今、長野原町に求められているのは、未来を見据えて「どこに力を集中させるか」を決断する力なのではないでしょうか。
私が「子育て・教育・移住」を活動の軸としてきたのは、そこへの投資こそが、長野原町の未来において大きな社会的リターンを生むと思うからです。
一人の子供がこの町で豊かに育ち、一世帯の移住者がこの町で生活を始める。その循環が一つ生まれるごとに、町の持続可能性は確実に高まっていきます。
来月の町長選挙には、異なるバックグラウンドを持つ方々の出馬が予想されています。
私たちは彼らに対し、単なる期待を寄せるだけでなく、「あなたの描く『生活の確信』には、どれほどの具体性があるのか?」「外部の力をどう活用し、町の誇りと両立させるのか?」という、本質的な問いをぶつけるべきです。
政治にはマーケティングの視点が不可欠です。
それは、自分たちの町の価値を再発見し、それを必要とする人々に正しく届けるためです。
そして住民である私たちもまた、町の未来を担う主権者として、そのビジョンの妥当性を見極める責任があります。
変化を恐れることは人間の本能です。
が、変化しないことのリスクが、変化することへの不安を上回る時代に私たちは生きてますよね。
長野原町は、変化を力に変えることで、さらに価値ある場所になれる。
この町で育つ子供たちが、いつか大人になったときに「この町で育って良かった、ここで生きていきたい」と思える。
そんな未来は、誰かが用意してくれるものではなく、私たちが今日から生活の確信を一つずつ積み上げた先に、形作られるはずです。
来月の選挙、そしてその先の4年間。
私も一人の当事者として、この不確実な時代を、誰もが「確かな手応え」を感じられる未来へと変えるための挑戦を、皆さんと共に続けていきたいと願っています。






